日記
声を出す男たち
責められることは、恥ずかしいことだろうか。
声を漏らしてしまうことは、情けないことだろうか。
部屋の中に喘ぎ声が広がって、
顔が真っ赤になって、腰が震えて、
女の子の前で自分をうまく保てなくなる。
そういう姿は、
誰にも見せてはいけないものだと、
ずっと思っていた?
でも私は、ときどき思う。
それは本当に、隠すべきことなんだろうか、と
むしろそれは、たぶん、とても自然な姿だ。
快楽に身を委ねたとき、
人は自分をうまく制御できなくなる。
それはおかしなことでも、恥ずかしいことでもない。
私はこれまで、たくさんの人を見てきた。
最初はみんな少し強がる。
「自分は責めるほうが好きなんです」とか、
「Mじゃないですよ」とか、そういうことを言う。
でも時間が経つと、体のほうが先に正直になる。
気がつくと、ベッドの上で脚を開いて、
汗と涙でびしょびしょになって、
「やばい……」「あっ……」
なんて声を漏らしている。
そのときの顔を、私はよく覚えている。
ほんとうに不思議なくらい、可愛くて、
そしてどこか格好いい。
それはきっと、自分の殻が少し壊れる瞬間だからだ。
「恥ずかしい」と思っていたものを、
ゆっくり受け入れて、
「気持ちいい」に変えていく。
それは、ある意味で、
とても勇気のいることだと思う。
強がりで武装しているよりも、
裸のままで感じているほうが、
人はずっと魅力的になる。
風俗という場所は、少し特別だ。
社会の中で「強くあること」を
求められてきた男の人が、
ほんの少しだけ弱くなれる場所でもある。
誰にも言えなかった性癖や、
誰にも見せられなかった欲望を、
ここでは静かに肯定することができる。
だから私は、責められて喘ぐ男の人を見ても、
「かっこ悪い」と思ったことは一度もない。
むしろ、ここまで素直になれたんだね、と
愛おしい気持ちになる。
それはたぶん、信頼があるからだ。
我慢しなくていい。
理性も、プライドも、恥ずかしさも、
ほんの少しだけ脇に置いてしまえばいい。
男らしさというのは、
何かを我慢することではなく、
自分の欲望を受け入れることなのかもしれない。
女の子の前で喘げる男。
欲しがることを隠さない男。
「気持ちいい」と正直に言える男。
そういう人のほうが、
私はずっと魅力的だと思う。
だから私は、ときどき思う。
M男というのは、
もしかすると、どんな男よりも
本能に忠実な人たちなのかもしれない、と。
自分の体をよく知っていて、
どこが感じるのかを理解していて、
快楽に対してとても素直だ。
それは単なる可愛さだけじゃない。
欲望に正直で、
相手を楽しませようとして、
そしてときどき、女の子よりも
可愛い顔で感じてしまう。
そのギャップは、ずるいくらい魅力的だ。
最初は「恥ずかしい」と言っていた人が、
何度も私を求めて、
絶頂のあとに「もっと……」と小さく囁く。
その瞬間、私は思う。
ああ、今この人は、
自分の殻をひとつ越えたのだな、と。
恥ずかしかったものが、
いつの間にか快感に変わっている。
その先にあるのが、
たぶん人の本能なんだと思う。
声を出してもいい。
震えてもいい。
涙が出てもいい。
全部そのまま外に出していい。
男らしさというのは、
何かを隠すことではなく、
自分をさらけ出すことなのかもしれないから。
今日もまた、
誰かが少しだけ新しい自分に出会う瞬間を、
私はきっと見ることになる。
そしてそのとき、私はたぶん、
いつもより少しだけ丁寧に、その人を責めている。
声を漏らしてしまうことは、情けないことだろうか。
部屋の中に喘ぎ声が広がって、
顔が真っ赤になって、腰が震えて、
女の子の前で自分をうまく保てなくなる。
そういう姿は、
誰にも見せてはいけないものだと、
ずっと思っていた?
でも私は、ときどき思う。
それは本当に、隠すべきことなんだろうか、と
むしろそれは、たぶん、とても自然な姿だ。
快楽に身を委ねたとき、
人は自分をうまく制御できなくなる。
それはおかしなことでも、恥ずかしいことでもない。
私はこれまで、たくさんの人を見てきた。
最初はみんな少し強がる。
「自分は責めるほうが好きなんです」とか、
「Mじゃないですよ」とか、そういうことを言う。
でも時間が経つと、体のほうが先に正直になる。
気がつくと、ベッドの上で脚を開いて、
汗と涙でびしょびしょになって、
「やばい……」「あっ……」
なんて声を漏らしている。
そのときの顔を、私はよく覚えている。
ほんとうに不思議なくらい、可愛くて、
そしてどこか格好いい。
それはきっと、自分の殻が少し壊れる瞬間だからだ。
「恥ずかしい」と思っていたものを、
ゆっくり受け入れて、
「気持ちいい」に変えていく。
それは、ある意味で、
とても勇気のいることだと思う。
強がりで武装しているよりも、
裸のままで感じているほうが、
人はずっと魅力的になる。
風俗という場所は、少し特別だ。
社会の中で「強くあること」を
求められてきた男の人が、
ほんの少しだけ弱くなれる場所でもある。
誰にも言えなかった性癖や、
誰にも見せられなかった欲望を、
ここでは静かに肯定することができる。
だから私は、責められて喘ぐ男の人を見ても、
「かっこ悪い」と思ったことは一度もない。
むしろ、ここまで素直になれたんだね、と
愛おしい気持ちになる。
それはたぶん、信頼があるからだ。
我慢しなくていい。
理性も、プライドも、恥ずかしさも、
ほんの少しだけ脇に置いてしまえばいい。
男らしさというのは、
何かを我慢することではなく、
自分の欲望を受け入れることなのかもしれない。
女の子の前で喘げる男。
欲しがることを隠さない男。
「気持ちいい」と正直に言える男。
そういう人のほうが、
私はずっと魅力的だと思う。
だから私は、ときどき思う。
M男というのは、
もしかすると、どんな男よりも
本能に忠実な人たちなのかもしれない、と。
自分の体をよく知っていて、
どこが感じるのかを理解していて、
快楽に対してとても素直だ。
それは単なる可愛さだけじゃない。
欲望に正直で、
相手を楽しませようとして、
そしてときどき、女の子よりも
可愛い顔で感じてしまう。
そのギャップは、ずるいくらい魅力的だ。
最初は「恥ずかしい」と言っていた人が、
何度も私を求めて、
絶頂のあとに「もっと……」と小さく囁く。
その瞬間、私は思う。
ああ、今この人は、
自分の殻をひとつ越えたのだな、と。
恥ずかしかったものが、
いつの間にか快感に変わっている。
その先にあるのが、
たぶん人の本能なんだと思う。
声を出してもいい。
震えてもいい。
涙が出てもいい。
全部そのまま外に出していい。
男らしさというのは、
何かを隠すことではなく、
自分をさらけ出すことなのかもしれないから。
今日もまた、
誰かが少しだけ新しい自分に出会う瞬間を、
私はきっと見ることになる。
そしてそのとき、私はたぶん、
いつもより少しだけ丁寧に、その人を責めている。